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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)4864号 判決 1998年7月31日

原告

副島光城

右訴訟代理人弁護士

斎藤浩

斎藤ともよ

池田直樹

阪田健夫

河原林昌樹

武田純

被告

東昌建設株式会社

右代表者代表取締役

梅本敏治

右訴訟代理人弁護士

笹川俊彦

大砂裕幸

谷宜憲

江後利幸

高辻俊一

主文

一  被告は、原告に対し、金四七三万九〇〇〇円及びこれに対する平成七年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的

被告は、原告に対し、一六六七万八七九〇円及びこれに対する平成七年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  予備的

被告は、原告に対し、一六六七万八七九〇円を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告が原告所有にかかる別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下「本件建物」という。)に隣接する北側斜面の下にある土地において、マンション建設に必要な進入路ないし車両の転回部(別紙図面1斜線部分)造成のための掘削工事(以下「本件掘削工事」という。)を行った際、土止めが不十分であったことにより、本件土地に不同沈下(以下「本件不同沈下」という。)が発生し、本件建物の床及び柱の傾斜、基礎のひび割れの被害を受けたとして、主位的には、本件建物の所有権侵害による不法行為に基づき、本件建物の原状修復費用相当額一六六七万八七九〇円及びこれに対する不法行為の日の後である平成七年六月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的には、物権的妨害排除請求に基づき、代替執行費用相当額一六六七万八七九〇円の支払いを請求した事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、平成四年以前から、本件土地及び本件建物を所有しているものであり、被告は、建築の設計監理、建築請負を業とする株式会社である。

2  被告は、平成四年一二月ころから、大阪府箕面市牧落五丁目の本件建物付近でマンションの建設を開始し、本件土地の北側に隣接する斜面を、進入路及び車両の転回部造成のために掘削した。

三  争点

1  被告は、本件掘削工事に際して、十分な土止めを行わなかった過失により、本件土地の不同沈下並びに本件建物の床及び柱の傾斜等の被害を与えたか。

(一) 原告

被告は、本件掘削工事の際に十分な土止めを行わなかった過失により、本件土地の不同沈下を生じさせ、本件建物の床及び柱の傾斜等の被害を与えた。

(二) 被告

本件土地の不同沈下は、本件土地が傾斜地で、しかも粘土層を含んだ軟弱な地盤であったことから、その地盤強度が不十分であったため、本件建物建築後、右建物自体の荷重によって発生したものであり、被告の本件掘削工事が、本件土地の不同沈下の進行に与えた影響は軽微である

また、被告は、本件掘削工事の際、十分な土止めを行っており、注意義務を尽くしている。

2  損害額

(一) 原告

人の居住する建物は、日々の生活の本拠であり、そこで当該居住者の生命・健康が再生産され、人格すらもが形成される。そして、建物には、想い出等に代表される狭義の主観的価値のほか、日々の生活の基本である使い勝手、安定的使用方法等、広い意味では主観的であるが他の物には存在しない高い価値が付着している。したがって、建物が被害を被った場合の損害額の算定は、当該建物の客観的交換価値によるべきではなく、原状修復に要する費用によるべきであるところ、本件建物の原状修復に要する費用は、一六六七万八七九〇円である。

(二) 被告

原告の主張する本件建物の原状修復に要する費用額は、本件建物と同等の建物を新築するよりもはるかに高額なものであり、明らかに不合理である。また、原状修復に要する費用を算定するに当たって想定している工事の内容は、必要以上に大掛かりなものであり、それを損害額とみることはできない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。

1  本件土地及び本件建物の付近の状況は、別紙図面1のとおりである。

2  本件建物は、昭和四九年一〇月ころ建築されたもので、築後二〇年以上経過しているが、本件掘削工事がなされるまでは、本件訴訟で問題となるような床や柱の傾斜等は生じていなかった。

また、本件土地についても、本件掘削工事がなされるまでは、地盤沈下等は発生していなかった。

原告は、本件建物に居住していたが、後記のような床及び柱の傾斜等により、住むことができなくなって他に転居した。

3  被告は、平成四年一二月ころから、本件マンションの工事を開始し、別紙図面1の進入路及び転回部と記載された部分の土地の造成のため本件掘削工事を開始した。

4  本件掘削工事後、本件土地に不同沈下が発生し、本件建物の床及び柱が傾斜し、建具の開閉が困難となる状態が生じた。

本件建物に生じた被害は、本件土地の一部が沈下する不同沈下によるものであり、一階の床の最大沈下量は八九ミリメートルであり、全体として本件掘削工事がなされた北側に多く沈下している。

5  本件土地の長期許容支持力は3.15トン毎平方メートルないし4.40トン毎平方メートルであり、本件建物の基礎底面積一平方メートル当たりの荷重は2.2429トンであるから、本件土地は、本件建物を支えるのに十分な地盤強度を有していた。

右のとおり、本件土地は、本件建物を支持するに十分な地盤強度を有していたところ、本件建物の沈下の状況は本件土地の地盤の強度と逆になっており、本件建物の不同沈下の原因が地盤の条件に起因するものでないことを示している。

6  本件掘削工事においては、いわゆる親杭横矢板工法が用いられているが、右工法は、他の工法と比較して安価であるが、周辺の地盤への影響は大きく、土に水分が多く含まれている場合には効果が発揮できないところ、右工事がなされた部分には水分を含んだ粘土層とみられる層が存在した。

それにもかかわらず、被告は、本件掘削工事に際して、掘削された断面に十分な土止めの工事をしていなかった。

7  土地を掘削した際には、掘削底面から四五度の角度にある土地の地盤に影響することは、土質工学において一般に知られているところ、本件建物は、別紙図面2のとおり、本件掘削工事のなされた土地(別紙図面1の転回部)の掘削底面から四五度の角度内に存在し、右影響の及ぶ範囲内にあった。

また、そのままの状態では、一般には崩落しないとされている安息角(三〇度)についても、別紙図面2のとおり、本件掘削工事のなされた土地の掘削底面からするとこれを超えていた。

8  被告は、平成五年二月八日、原告に対し、「今般、箕面市牧落五丁目<番地略>の造成工事において、貴殿の家屋及び付帯設備に損傷を及ぼしましたことを深くお詫び申し上げます。損傷箇所につきましては、造成工事完了後に当社の責任において修復工事を行うことを確約いたします。なお、修復工事完了後においても、万が一造成工事の影響による損傷が発生した場合は、修復工事をおこないます。」旨記載した確約書を作成して交付した。

9  原告代理人は、平成七年六月五日ころ、被告に対し、甲第四号証の副島光城氏宅家屋現況調査報告書に基づき本件土地及び本件建物の修復工事代金相当額一六六七万八七九〇円の損害賠償を請求したところ、被告は、平成八年三月七日、原告に対し、甲第九号証の見積書に基づき、修理費二〇七万三〇〇〇円の範囲で自己の責任を認め、その支払いをする旨回答した。

乙第一号証及び証人夜久良郎の証言中右認定に反する部分はにわかに信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告には、本件掘削工事に際して、十分な土止めの工事をしなかった過去があり、その結果、本件土地に不同沈下が発生し、本件建物の床や柱が傾斜する等の被害を生じさせたものと推認することができる。

二  争点2について

証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。

1  本件建物自体の客観的交換価値は、七三万六〇〇〇円程度である。

しかし、本件建物は、築後二〇年以上を経過していることから、これを実際に販売する際には、いわゆる古家付き土地として買手が更地にして新築することを予定している場合が多く、その場合には、かえって解体費用相当額が売買代金から減額されることも考えられ、建物自体の価額を代金額として算定することは困難である。

2  他方、本件建物と同程度の建物を新築するのに要する費用は、坪単価三五万円くらいであるから六百数十万円程度である。

3  本件建物の基礎部分の修復を除いた修理費は、二〇七万円三〇〇〇円であり、基礎部分の修復補強に要する費用は、二六六万六〇〇〇円である。

4  被告は、前記のとおり、平成八年三月七日、原告に対し、甲第九号証の見積書に基づき、修理費二〇七万三〇〇〇円の限度で、その支払をする旨の申出をした。

右認定の事実に、本件が現に住居として使用されていた建物が損傷を受けた事案であることをも総合考慮すると、原告は、本件掘削工事により、本件建物の修復に必要な費用二〇七万三〇〇〇円と基礎の補強に必要な費用二六六万六〇〇〇円の合計四七三万九〇〇〇円の損害を被ったと認めるのが相当である

(なお、このように解すると、本件建物の客観的交換価値と対比すれば、右修復に要する費用は割高な感は否めないけれども、本件は、動産類が毀損された場合とは異なり、原告が現に住居として使用していた建物が損傷を受け、その利益が侵害された場合であるところ、不法行為制度の趣旨が不法行為により損害を与えた者と損害を被った者との公平を図ることにあることをも考慮すると、客観的交換価値を超えるが新築価格を超えない範囲で必要な修復工事費用を損害と認定することができるものというべきである。)。

ところで、原告は、甲第四号証を根拠に、本件建物の原状修復に要する費用は一六六七万八七九〇円であると主張している。しかしながら、右は、本件建物の屋根、外壁、内装、設備等を一旦取り外して軸組の状態にして建物を水平に戻し、屋根、外壁、内装等の工事をするという必要以上に大掛かりな工事方法を前提とするものである上、その費用も本件建物の交換価値はおろか新築価格をも著しく上回るものであって、社会的経済的合理性を無視するものというべきであるから、到底採用することができない。

第四  結論

よって、原告の主位的請求は、四七三万九〇〇〇円及びこれに対する平成七年六月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷正治 裁判官島田睦史 裁判官坂本浩志)

別紙物件目録<省略>

別紙図面1・2<省略>

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